2010 年 1 月 14 日

人を育てる機能をどこが担うか

by koji

就職と採用の問題を解決するためには、どうすればいいのだろうか。

就職と採用の問題とは、その本質を考えてみると、社会の中において「誰が人を育てる機能を担うのか」という問題であることがわかる。

終身雇用に代表される、企業が内部で人を育成することが基本になっていた時代の日本社会では、大まかに言って、次世代の人材を育てる機能は企業(官庁なども含む)が担っていたと言っていいだろう。

第二次大戦に負けた時点で、日本社会には世界経済の中で競争していくための人材が圧倒的に足りなかったから、企業は競争に勝つために内部で人を育てざるを得なかった。とにかくできるだけ素質のよさそうな人を採用し、仕事のことは企業がゼロから教える。そして新卒採用から定年までずっと同じ企業内の世界で生きる。そうすることで企業が競争するためのコツやノウハウを社内に蓄積し、伝承し、高度化していって競争に勝ってきた。この戦略は基本的に成功だった。

しかし、この戦略には大きな代償があった。それは社会の中において「人を育てる」という機能を企業が一手に引き受け、周囲もそれを当然であると考えるようになってしまったことだ。つまり、人を育てるのは会社の役割であり、家庭も本人も大学も、会社に入りさえすれば、あとは会社がなんとか社会に貢献できる人に育ててくれると思ってしまったのである。

こうした状況が半世紀近くも続いたため、日本社会では二世代ぐらいにわたって「企業が人を育てる」ことを前提にした思考パターンや行動様式が染みついてしまい、容易には抜けなくなっている。

子供の頃の教育を担うはずの家庭では、お父さんは安定した職と給与と引き換えに、徹底した「会社人間」になってしまい、残業続きで家庭のことは省みない。お母さんは基本的に家を守ることが仕事で、残念ながら視野が狭い。とにかく、いい会社に入って出世することが幸福を約束すると思い込んだ。子供は子供で、お母さんの言うように、将来はいい会社に入れば、周囲から褒められるのだと思うようになった。大学も「仕事のことは、どうせ会社に入ったら会社が鍛えるのだから」という前提で、「立派な人」になるための教養主義に比重を置き、企業社会で役に立つ実務的な教育はむしろ低く見るような風潮が広がった。

つまり、家庭も本人も大学も、「次世代の人材を育てる」という役割を担っておらず、すべて会社任せという状態が現出したのである。

明日は、企業から人材育成力が失われた(01/15)です。
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目次
はじめに(12/24)


第1章「就活」の時代は終わった
「就活」は賞味期限切れ(12/25)
誰が次世代の人材を育てるのか(12/26)
企業への「所属」は頼りにならない(12/27)
安定とは休みなく進化しつづけること(12/28)
終身雇用と新卒採用は一体だった(12/29)
有名大学至上主義の背景(01/04)
なぜインターンシップが増えたのか(01/05)
変わる個人と会社の関係(01/06)
「就活」時代の終わりの始まり(01/07)


第2章「就活」の<ステップ0>
勝負はスタート時点でついている(01/08)
料理のおいしさは素材で決まる(01/09)
すぐに<ステップ0>を始めよう(01/10)
就活の「早期化」はほんとうに問題なのか(01/11)
学生のキャリア意識の高まり(01/12)
研究室と企業の関係(01/13)
人を育てる機能をどこが担うか(01/14)
企業から人材育成力が失われた(01/15)
みんなで人を育てよう(01/16)
「学び」と「仕事」を共存する(01/17)
「プロ学生」の時代がやってくる(01/18)
社会で役割を果せる力をつけろ(01/19)
目次の続きはこちら


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